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2018年5月12日土曜日

VIDEOGRAM

太平洋戦争中(1941ー1945)の1942年から43年、日本のある調査隊が、カンボジアのアンコール遺跡を調査していた。ガラス乾板にその記録が写されていた。(新聞の記事からの情報)

ガラス乾板って何だろうと思い調べてみると、感光する写真乳剤があらかじめ塗ってあるガラスの薄い板らしい。
それを一枚一枚取り替えて、写真を取っていたみたい。湿板というのも、乾板以前に開発されていたらしいが、外で写真を撮るには乾板の方が向いているようだ。

時代物ドラマで見る、1900年代初めの日本。多くの人がまだ着物を着ていて、灯りも無尽灯、ランプの明るさだ。ランプが出てきたときは無尽灯に比べてその明るさに人々はびっくりしたそうだが、現代の昼間の晴れの日にも至る所で蛍光灯やLEDの光、液晶画面の光が溢れている世界に比べたら、どんなに静かなんだろう。光は物の形を秩序立たせて人の瞳に映らせることができるけれど、すべてのものが鮮明に見えるようになっている世界は、何だか薄っぺらいものしか見れないような気分になる。
私はこんな時代に生きている。そう、満員電車の中で思うことがよくある。

教育の内容統制。戦争後の高度経済成長。国のために生きること。経済中心の世界。
私はこれらの存在を、街を歩いていると感じる。見えなくても漂っているような感じがする。でも私の日頃読む新聞や本、見るテレビでそう頭の中が勝手に解釈しているだけかもしれない。
是枝監督の「誰も知らない」を今日観た。
子供たちは、学校へ行き、進学していったり就職して行ったりすることが常識である。それはとても恵まれていることだ。私は時にそこから出たくなる。全く違う方法で子供時代を送れたらいいのにと何度も思った。けど、やっぱり、全く違う世界で生まれたのでない限り、それは絶望的だ。
この映画は、社会問題のネグレクト状況にいる、家に取り残された子供達を描いている。
親に対して、子供たちは、好きだけどどこか冷めた気持ちを抱いている。
親は家から子供を出させない。でも、何も知らない子供たちはそれに従う。本当はやりたい遊びも知りたいことも、食べたいものもあるし、学校で友達を作って部活もしたい。そう感じているけれど、逆らえない。逆らったらなくなってしまうかもしれない親の愛情をどうにか繋ぎ止めたいからだ。それがなくなったら生きていけなくなる状況の子供たち。
お金があれば子供だけでも生きていけるか?無理だ!

これからの機械万全の世の中で、人々はどのように生きていくのだろう。。
人間の常識って何だろう。それが常識じゃないんだよと囁かれた瞬間、今まで生きてきた自分を疑うのだろうか。瞬間的に凍結して、あらゆることが自分の手に負えなくなるような、無力感に襲われるのだろうか。
アイフォンの中で毎日何百万という情報を無意識に見ている人々の頭の中はどうなっているんだろうかとよく思う。
私は、記憶や知識なんて消えるものだという感覚がある。人々によって受け継がれたりしてきた、豊かな文化でもある。頭のなかで、何かと何か、2つ以上のものを関連させられることが大切だと、高校の先生は言っていた。
もし自分の主観や、間違った情報のみ頭の中に取り入れていたら、おかしなことになるだろう。

ガラス乾板の話に戻そう。記録する媒体が、動かない失敗も含めた瞬間を捉える道具だった頃。もし私がその時代に生きていたら、どんな人間だっただろうか。
梶井基次郎は、「えたいの知れない不吉な魂が私の心を終始圧えつけていた。」と、小説「檸檬」の中で表現している。1925年に発行された本だ。
人の心って丸くって少しは重みがある気がする。
今は、それぞれの人がそれぞれの幸せを実現しようとする時代かもしれない。それと同時に、今までの常識が正しいのか問い直されてきてもいる。その様子は、アンテナを張っておけば生中継で知ることができる。

ガラス乾板のような、透明で、簡単で、でも本質がシンプルに見えるような板から見る世界。
本質が簡単には見えない、いろんな世界がコロニーのように分かれて集まりあい、それぞれを監視し合うような世界。

私は電車を降り、ほっとため息をつく。夕暮れ時の美しさを感じられる心を私は持っているからだ。それはシンプルな感動だ。暗い歩道を歩き、春の夜風をひゅうひゅうと受けて、電線に目を写し、私は何かを訴えたくなる。
そうして私は今日も明日も明後日も、心の重さが場所場所で変わるのを感じながら生きている。

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